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受講生の声

保健室コーチング101 第3講『コミュニケーションの本質』感想

 

 

保健室コーチング101 第3講『コミュニケーションの本質』感想をアップしました。

コミュニケーションは、言語のやり取りではありません。言語と同時に非言語もコミュニケーションをしています。

言語は、三次体験。省略、一般化、歪曲した結果です。感情にフォーカスするのではなく、その言語がどんな思い込みにあふれているのかを知ることが大切です。

 

 

解決を急がない。修正しようとしない。スキルとして使用しない。
今まで必死でやってきたことが、ひっくり返されたようで、あちゃー!全部やってるやん!!という気分でした。なぜ、こんなにも子ども結果を求めて言わせたかったのか、…考えてみました。
思い当たることが3点ありました。
それが、子どもと話をする中での焦りになっているのだろうなと、気づきました。
何年もかけて必死にやってきたことで、すぐ修正したい気持ちや解決するための方法の提案をしたくなります。その度に、あぁ…しまった!となりますが、まずは気づけたことから始めようと思います。
今までの積み重ねがあり、頭が混乱してしまうこともあります。なかなかうまくはいきません。
今は、目の前の子どもに、乗り越える力があるよ、大丈夫。と思って手を背中にあて、元気になったときの、その子の笑顔をイメージして接することから取り組んでいます。

 

 今日はいろいろワークをしました。ワークはスキルを身につけるよりも、質問をされたときにどう思うかを体感できる貴重な時間だと思います。
「けんかをしてやってきたとき」二人になんて言うかなんて、日常で起こります。言葉の意味を一人ずつが違う解釈をしているということを忘れず対応するのが大切だと思いました。どんな場合も子どもとのラポールが形成されてこそだと思うので、毎日を丁寧に関わる中で私も子ども一人一人に、「この子はこうだ」という「x=y」を持たず関わろうと思います。
子どもにとって、学級が居心地がよいところになれば、学校に来ることをいやがたり、保健室に行くことも少なくなると思います。体調不良やけがにしてもそうだと思います。何が原因でおなかが痛くなるのか、本音はどうなのかを見極め、学校として対応してくことができたら一番いいなと思います。私のクラスには算数が苦手な子どもが数人いますが、どこに難しさを感じ、つまづいているかを自分で言えるようになると、少しずつ嫌い→苦手→仕方なくやる→ちょっとがんばってみたらできた→あ、できそう→簡単やったに変わってくる子どももいます。成績が悪いからこの子たちはできない大変な子どもではなく、自分の授業を振り返り、工夫できるところはないか、お互いもう少し頑張るということも必要だと思います。子どもたちはよく見ていると感じます。そして、大人だから何でも知っていて、失敗をしないなんて思っていないこともわかっています。あとは子ども一人一人のタイプを見極めVAKを取り入れるといいなと思います。なかなか全部の授業を一から準備し、楽しい授業にはなっていませんが、自分で考え教えてもらうではなく自ら学ぶ授業にはなってきているかなと思います。3講で学んだ中で授業に活かせることができたら実践したいと思います。

 

 

今回は久しぶりにVAK(代表システム)を中心に学ばせていただき、グループでそれぞれの感覚の違いを話し合い、人って面白いと思いました。
4人のグループで洋服やカバンを選ぶ基準など話さしましたが、自然に笑顔になるほど楽しく違いを味わえました。
自分と感覚が違うから、『あの人とは合わない』ではなく、『そうなんだ』と素直にわかり合うことができ、子供たちにもこのような素直な気持ちで違いを楽しんで欲しい、他の人に興味を持ってもらえたらいいと私自身が体験し、そのことを伝えていこうと思います。VAKはグループ分けで使うのではなく、相手を尊重するために使うタイプ分けということも、念頭に入れていきます。
また、前回の講座に引き続き、確認質問のワークも勉強になりました。
確認することに意識していたつもりでも、質問で相手の思い込みを気づかせようと裏の思いが見え隠れして、逆に相手に敬遠されていたかもしれないと考えました。事実と解釈を分けることに意識を集中していきたいと思います。

 

 

支援者の状態がとても大事だと思いました。受講時のワークは、焦ってしまい、質問することに囚われていたのですが、そうではなく、相手の状況や考え方、言葉の意味を確認していくことをしっかり意識したいと思いました。普段、ついつい指導することが前提で対応してしまい、相手に考えさせるより先にこちらが言ってしまうところがよくあります。受講してから、自分がフラットな状態で相手の状態を聞く、観察することを心掛けていますが、まだまだうまくいきません。でも、少しずつですが、反応が今までと違うと実感するケースも出てきているので、続けていって、脳に癖付できたらと思っています。

 

 

同じ言葉を使っていても、同じ意味で使っているわけではない。
昔、夫とケンカになりました。「すぐに帰る」といったのに、帰ってこない。
私は猛烈に怒りました。
「すぐっていったじゃん!」
夫は涼しい顔でいいます。「すぐじゃん」
私のすぐは10分 夫のすぐは1時間でした。
それ以来、帰ってくる時刻を聞くようにしました。
同じ家に住んでいても、長いこと一緒の時を過ごしていても、未だにいろいろある言葉の意味の違い。
他人なら、なおのこと、言葉の意味は同じとは限らないと思います。
言葉の意味の違いだけでなく、その人が体験したことも、聞いてみなければ分からない。
自分と同じような体験をしても、感じ方や捉え方は人によって違う。
だから、一つ一つ丁寧に確認質問をする。自分を振り返ると、生徒を丁寧に理解しようとしているとは、、、、思えないです。(ごめんなさい。生徒の皆さん)
ちょっと強引になってるかもしれない?ラポール、つくれているのかな?視線や表情、声のトーンなど、気にしていないときのが多い??
自分の姿を振り返ると、、、、ぞっとします。今回の学びを、日常に生かします。

 

 

確認質問のワークで、ハットしました。始めは、相手の可能性を信じて、言語の持つ意味は何かな等とスタートしたにもかかわらず、質問が進んでいくつか答えてもらっていると、突然、何とかしなくちゃ、!という解決の目的になっている自分に気づきました。そうなると、次、なんと言おうかとぎこちなくなり、会話がストップしてしまいます。本当は、ふとそれは何でかなと先に思い浮かぶのですが、それを押しのけて、何とかしなくちゃのイイ人が出てきます!とっさに出てきますね~。この自分のパターンに苦笑いです。何とかしよう、イイ人になって助けなくちゃ、良いこと言おうとするときは、体はガチガチ緊張、焦りと取り繕いの状態、これはとても苦しく、なのに、苦しさを隠す!…すごい壁とストレス状態ですね。これをやってたんですね。(笑)   自分の直感を消さずに出してもOK!、これが私の純粋に知りたい、気軽に質問する、コミュニケーションをとる!ことなのかなと思いました。人の可能性は地球規模、だから???がいっぱい、相手を理解する!ことは楽しいことかも…です。次の講座も楽しみです。よろしくお願いします。

 

 

これまでも、子どもの話を聞くときに、その子にとっての言葉の意味を確認しながら聞くようにしてきた。しかし、このところ、相手の二次体験が分かると、その思い込みを変えてあげなければという思いが強くなり、何とか気付かせようと、質問をしてしまっていたことに気付いた。その結果、今までできていたラポールが壊れてしまっていた。
あらためて、相手をコントロールしようという意識が働くと、うまくいかなくなることがわかった。
相手に気付きを与える質問は、大切だと感じているが、気付くかどうかは相手に任せるというつもりでいた方がよいと感じた。同じ質問をするのでも、効果が違ってくる。本当に難しいと感じている。

 

 

 第3講の後の私は、大人も子供もX=Yの相違による思い込みや解釈のズレがあるということに、とても敏感になってセンサーが働いています。解釈の違いは日常茶飯事的に起こっているというか、世の中全てが人其々の解釈があり、言語コミュニケーションミスに繋がること、そして、その裏に非言語の部分が大きく影響していることを体感しています。
会話の中で違和感があることや、頭の中で????マークが飛び交ってくる(Vです)ことは、この解釈のズレが大きすぎる時だと感じています。この違和感をそのままにしておくと結局後々の軌道修正が大変になる!!という直感も強くなっています。違和感を放っておけない私。つい心の声が出てしまうので口にすると、各々の解釈の違いが判明し、意見交流に発展するという出来事がいくつかありました。会話が進めば進むほど、1次体験・2次体験の違いが浮き彫りになって3次体験へと繋がっていくことを実感しています。
1つの言葉を話題にしていても十人十色の解釈がある。それを分かって会話に参加しているのと、そうでない人との違いでも、コミュニケーションの更なる混乱やその先の結果・事態が大きく変わってくる。これが経験値の少ない子供の世界では、トラブルの元になるだろうし、生きづらさに繋がっていくのだろうなと思います。
「良い質問は人生の質を変える」これは私が保健室コーチングを学び始めて、衝撃を受けたフレーズです。子どもにかかわる大人は、その子が1次体験にアクセスし、2次体験のX=Yの癖やビリーフに自ら気づいて3次体験を変えていけるように問いかけていくことが大事で、その際の自分自身は、気負わずニュートラルでいることを心掛けておくことが必須だと思います。姫先生の教えの「スキルに頼ったり、どのスキルを使おうかと考える前に、目の前の子どもやクライアントの今この瞬間としっかり向き合うこと」そして、「子供が自ら可能性を発揮できることを信じて伴走者に徹すること」を大事にしていきたいと思います。
こうして、文書にはできる(頭では分かっている)のですが、実際の私は、ついついどう質問しようかと、迷ったり行き詰まったりしてしまうこともり、反省の連続です。
今回の講座で確認質問のワークをして、私はクライアント役で、問いかけてもらっている内に、自分の中の無意識の部分が意識に引き上げられたり、子供のころに経験していたことを思い起こされて、次へのステップを自ら出すことができる体験ができたことは大きかったです。これを今後活かしていきます。
VAKワークでは、なるほどこんなに違いがあるのかと思えるのですが、実生活で人間観察をしていても、よく分かりません。ペーシングやラポール形成に活用できるよう、センサーの感度をあげていきたいと思っているのですが・・・・。利き脳も今一つピンときません。
これらを活用できたら更に視野が拡がったり、仕事にも活かせると思いますが、人によって固定化されていないとのことに胡坐をかいています。

 

 

今回私の中で一番ヒットしたのは、「何が何でも分からせてやろうという支援者のノイズがあると相手は心を閉ざしてしまう」という言葉だった。
心にグサッと刺さった。心当たりがあるからだ。そして自分ではこの件については手放したつもりでいたのに、グサッと刺さった自分に気づいた時、「私はまだ、手放せていないんだ」とショックだった。
うまくいかなかったことは成長のチャンスと捉えよう、この経験を次に生かそう!そう思っていたつもりでいたけれど、まだ自分の中できちんと昇華できていなかった、こだわっていたんだなと感じた。
けれど、また、その瞬間、この自分の状態をディソシエイトして客観的に見ている自分も存在した。今、私は三次体験でショックを感じているが、それは二次体験によって私の中に「私=調子に乗ると人を傷つけてしまう存在」「私=人の痛みが分からない人間」などの自己イメージに関するX=Yが存在していること、相手から存在を拒否されることに対して必要以上に恐怖を感じているところがあるのだと自己分析をしている自分もいた。
そして、そんな二次体験を作り出したのは、私のどんな一次体験だったんだろう?そんな事を頭の中で悶々と考えていたら、ふっと別の思考が頭を過ぎった。
「あっ、自分の中で色々解釈をつけようとしているけど、結局、あの件に関しては、『自分の考えたストーリーどおりに生徒を導こうとしてしまったからうまくいかなかった』ただそれだけのことで、それを私自身が認めたくなかっただけだったんだな。次からはしっかり生徒とラポールをとって、その子を可能性のある存在としてかかわるぞ~!」という発想に頭が切り替わっていて、なんだか肩の力が抜けた気がした。
私の中に存在する負の自己イメージを作り出した一次体験は何だったんだろうということに興味はあるが、そんな自己イメージを持っている自分もいていいよねって、今更ではあるが心からそう思えた瞬間だった。
講座を受講することで自分自身の内面と向き合う機会が増えたことをありがたく感じています。

 

 

第2講で習った8フレームアウトカムのシェアで、2つ目の想像させる場面は、エレベーターで移動します ピンポーンつきました。というのを先生からおまけの時間に教わって、やってみたところイメージしやすかったといわれたので、先生が口で具体的に説明してくださると、イメージしやすくなり、もっとやりやすくなると感じました。
どれも理論はなんとなくわかってきたのですが、実際との結び付け、vはこういう感じというのがもっとわかってくると理解が深まりそうです。
まだ、自分のことも理解しきれないままですが、みていきたいです。
質問するだけの次回までの課題がでたので、やってみたいと思います。

 

 

ベーシックやアドバンスで学んだことが、101の講座を受けることで、やっと自分の頭の中に整理されています。今回も復習するというより、こういうことだったのかとつながっていくようです。自分の価値観がマイナスに働くプログラムがあることはわかっているので、聴き手になるときに自分の2次体験で受け取ってしまわないように確認質問をして、相手が感じたこと、自分がなぜそう感じたのかをちゃんと整理できるようにしたいと思います。ありがとうございました。

 

 

①「質問の力」について
「質問すると、脳が動く」これまで、質問のすごさや影響を目の当たりにしてきました。
今回、あらためて、「相手が考えること!が大切」だと確認しました。相手が今まで向けていなかったところに焦点を当てる、執着から解き放つことで、脳を動かすことができます。
そのきっかけが、質問であることを再認識し、どんな質問が思考を動かすのか考えて質問を発信していこうと思います。
また、誰かの一言に、なぜ、そんなに心が揺れるのか、それは、どこから来るのか…なども、心のどこかにおいて、自分自身に、相手に質問を続けていきます。
何より、どんな目標をもって仕事をしているのかということを、自分でも時々確認し、その位置から、そのためにどうする?を繰り返していきます。

②「想いの表現」について
養護教諭である私は、保健室をとおして「自分の想いを言葉で伝えられる子」を育てたいと思い、職員間でも、生徒にも、保護者にも、会議や説明会や保健だよりなどで伝えています。少しずつ確実に伝わっている実感があります。これまで、否定されること、ぞんざいに扱われることが怖くて自分を表現できない時期がありました。伝えなければ、伝わらない、誰か気づいて…では、妖怪「察し手」が出てくるだけで、何も変わらないことを痛感してきました。

③「言葉の正確性」について
自分なりの解釈は、果たして正しかったのか…表現された言葉、表に出る感情が違っているのではないか、分かち合いの中で「間違ったっ察しをしてきたかも」という発言に共感しました。
察しがよいのが、日本人の美徳として育ってきました。保健室コーチングの学びを始めてから、極めて察しの悪い大人でいようとしていますが、時々昔の(私に染みついている)癖が出てしまいます。受講生の中では、当たり前になってしまっていることを新しいメンバーが表現してくださることで、初心にかえることができ、感謝すると同時に、まだ学び始めたころは、そんなことに気づきもしなかったなあ、すごいなあ、自分も頑張ろう!と刺激を受けています。

 

 

今回も多くの刺激と学びになりました。
「コミュニケーションミス」については、日々こんなことが起きているなと改めて実感。
すでに当日のブレイクアウトセッションでもありました。
①「きっと私のことが嫌いなのよ」②「そんな絶対にできないよ」
のクライアントと支援者になるトライアルで、
初めの1回目のセッションで、私(クライアント)は同一の場面で①②を併せて行うものと理解して行いました。
メンバーが変わっての2回目のセッションの時、私は支援者役だったのですが、相手の方は①と②の設定を別のものとして行いました。
???
1回目のセッションではクライアントの私が教室に行きたくないと駄々をこねたので、支援者役のゆきさんはきっと②を併せると思っていなかったのでしょう。私としては次の質問がくると思っていたのですが、困っているような感じでした。そこでサイドプレイヤーのポオさんが状況を客観的にフォローしてくれて終了しました。
2回目のセッションに変わった時に、私の解釈が違っていることがわかり、「コミュニケーションミスは日々起こる」「確認の大事さ」を身をもって理解しました。
特に時間のない時には、気を付けなければいけないなと思いました。

最近起こるメールやSNSでのトラブルの多くの原因は「コミュニケーションミス」であると思います。文字だけでは、送り手と受取手で解釈のずれが生じることがあり、そこから険悪になるケースがよくあります。ビジネスメールでは文章や表などで形を残すことで便利性が高まりますが、子供同士の狭い視野での、まして隠れた部分でのやり取りでは、ずれに気付くことができずに遺恨を持ったままうつうつと過ごしていることがあります。これも経験値なのかもしれませんが、人が変われば考えもそれぞれであり、そこのすり合わせがの確認が大事であると、自分も含め、若い生徒たちにも伝えていきたいです。

今回の感想ではないのですが、8フレームアウトカムのゴール設定について、難しいと思ったケースがありました。
中2で学校・グループ、家族のことなどでいつもうつうつとしていて休みがちな生徒がいます。「無理やり(親に)登校させられている」と思っていて、最近心療内科でWISCを受けて「結果が出たら学校へ行かなくてよい」と結果を楽しみにしている(?)のです。
(そういうことではないのですが…)
来室した際に、何回か8フレームアウトカムを実施してみました。
「嫌な友達がいなくなる」「姉への仕返しをする」などのゴールもありましたが、
最近は「学校に来なくてよい」「学校を休む」というもので、そこからの焦点がなかなか外せない。確かに彼女にとっては、今一番のポジティブなゴールがそこなのだなと理解はしました。
私が何とかしようとは思いませんが(思わなくなりましたが)、一人のかかわる者として、もっと質問力をあげたいなと思いました。

 

 

A日程は初めて保健室コーチングを学ぶ方が多く、その方たちの意見を聞けてとても勉強になりました。
富山のゆきちゃんが、生徒たちの悩みを聞いていて、なんでそう思うの?そう思うから苦しくなるじゃん!とイライラしてしまうと。自分の意見を「◎◎してみたら?」と提案すると、「それができたら苦労しません!」と言われてしまう…と話していました。
私は、学ぶ以前は生徒の悩みを、なんでそう思うの?と反対の意見を持たずに、この感情に自分の感情を近づけなくては!!!と思っていたので、そして保健室コーチングを学んでいる人はそのやり方で自分が苦しくなっていた人が多いと思っていたので、反対の人もいるのだなぁととても面白かったです。

また、姫先生がいつも話していること・・・・
保健室コーチングを学んでいると、共通言語になることが多いけど初めての人にとっては「何それ?!」になるよと言っている意味もわかりました。X=Yのこと、事実と解釈をわけること、言語、非言語のこと…などなど、
知れたから気持ちがとても楽になった!とみなさん話していて。過去の自分もそうで、今の自分にとっても同じことを学んでいるはずなのに、あの時気づかなかったことが今回改めて101で学ぶことでこういうことだったのか、と発見していて。
最近は、学校で書いている保健だよりにマンネリ化を感じて筆が進まずにいました。
いや、待てよ。私にとっては同じことを繰り返している感覚になっていたけれど、生徒たちにとって、保護者にとって、先生方にとっては違う!よし、保健だよりに新たに挑戦してみよう!と思いました。さっそく、本日書きます。

 

 

自分の普段話を聴く時の傾向が自覚できました。相手のストーリーにはまってしまい、客観的なことがみえなくなっていることが多いと思います。共感しなきゃ、気持ちを理解しなきゃ、どうにかしてあげなきゃ、解決してあげなきゃと思うあまり、相手の中を探るのではなく、自分の二時体験一次体験を探ってしまっていると思いました。
俯瞰して、好奇心を持ち”どうしてこんな言葉がでてくるんだろう?”と相手への興味を持ち、楽しむ位の心の余裕が私には必要だと思います。
その上で相手が考えるような質問を投げかけてみようと思いました。

 

 

第3講では、脳科学傾聴について学びました。気づきが3点あります。
1点目は確認質問についてです。自分の子どもや生徒の話を聞くときに、事実と解釈を分けるための確認質問を自然としている時もありました。ワークで確認質問をしたとき、「実際に言ったと思う。」「聞こえてはないけど言った」など、返ってきて、あやふやにしておきたい子どもの気持ちが垣間見えました。でもそれを白黒はっきりさせることが目的ではなくて、質問によって、本人はきっとなにかしら気づいていだと思います。ワークで質問される側を体験してみて、一方的に指摘されたり決めつけられたりするのとは大きく違って、自分で気づく、自分の言葉で言うということが大切なんだなぁと思いました。

2点目は脳が動く質問についてです。
「そんなの絶対できないよ」にはこれまでどんな返し方をしていたかなぁ?とふりかえると、「絶対?」「やる前から決めつけたらもったいないよ」「〜ならできるよ!」という意見や励ましだったと思います。これも相手の3次体験に自分の三次体験で返していたようなもの。相手の心には全く届いていなかったと思います。ワークで3つの質問をしてもらうことで自分で新たに答えを拾ってくることができました。質問によって、脳が一気にシフトして動き出したのを体感できました!さっきは「絶対できないよ!」と言ったことが、やってみたい気がしてきました。これまでも、行き詰まったり迷ったときに、尊敬するあの人だったらどうするか?と考えることがあったのですが、今日の講座で「脳は時間、空間、自他の区別がない。そこを動かすと脳が一気にシフトする」という話がありましたが、この問いかけも脳を一気に動かしてシフトさせていた問いかけだったんだなぁと思いました。
3点目は、同じ言葉でも意味はその人によって違うと言うことです。
省略、歪曲、一般化のコミュニケーションについて、講座の直後、わたしが普段、いかに雑な表現をしているかと思い知るできごとがありました。
講座終了後、遅い昼寝をしていた末っ子を起こすか起こさないか、夫に聞かれたわたしは「楽しよう」と答えました。寝ている間に夕飯も作りたいしできたら、ちょっと休憩もしたいから起こさずにいようという意味で言いました。夫はわかった!といって、起こしてきました。笑 これまで私が夕方は昼寝させないようにという方針だったので、夜に早く寝かせて楽しようという意味だと思ったそうです。あまりにわたしの言葉が雑すぎる例ですが、言葉にされていないそれぞれの体験や、前提が違うということを意識せずに、自分中心に言葉を発していることを思い知りました。全然相手を尊重していない…。「相手と自分は違う」「尊重」というキーワードにアンテナを貼って次の講座まで自分のコミュニケーションを観察してみます。

 

 

毎回ですが、毎回はっとさせられることばかりです。今回は特に確認質問のところで姫先生が「大事なのは相手が考えること」と言われたのがずしんときました。質問する時どうしても、「相手に考えさせたい、私が考えてほしい方向に」と思う自分が出てきてしまいます。生徒と話ししていると、返事を待たずに「こう言うこと答えるんだろうなぁ」と思っている自分もいて…。追加の資料の「トレーニングに当たって大切なこと」を読んでまたはっとしました。質問は自分が解決するためにするんじゃないと改めて自分に言い聞かせています。つい邪念が出てきてしまいますが。
勤務校は期末考査期間に入り、来室者がパタッといなくなったので、なかなか確認質問を実践できていませんが、質問するときは自分の心のもちようを意識してやっていきたいです。
VAKワークはいろいろびっくりでした。服選びの優先順位が違うことは、それはあるよなと思えたのですが、試着理由が違うことに目が点でした。私は服選びに関してはVの傾向があり、デザイン重視で試着もする必要があると思わないのですが、Kの人は着心地を確認するために必ず試着すると言われ、びっくりでした。自分の当たり前は当たり前ではなく、使っている感覚の違いでこうも違うのかと。使う感覚で物事の捉え方、考えた方などが違うことを知れたのは本当におもしろかったです。

 

 

「その子にとっての言葉の意味」を明確にするには確認質問が大切だということを改めて学びました。私はついつい、相手はこういう風に考えているからこう言っているのだろうと予測しながら、〇〇ということなのかな?と先回りしてしまう癖があります。これからは、確認質問で相手へ考えさせる質問を投げかけ、自分と相手は理解の仕方や使っている言葉の意味が違うという前提でしっかり子どもと向き合っていきたいと思いました。
事実と解釈を分けなくてはと思うあまり、相手とのラポールをないがしろにしていたなと気づくことができた講話でした。一次体験、二次体験へアクセスできる確認質問を徐々にできるようにがんばります。
また、VAKのワークはとても面白かったです。体感覚優勢の方の言い分もわかるし、視覚優位の方の気持ちもわかったので、たぶん私はVK優位なのかなと思います。こんなにも表現の仕方が違うと、そりゃあ、捉え方や感じ方も違うよねと思って納得しました。VAKに関する掲示物を作成して、子どもたちや先生たちのスムーズなコミュニケーションに役立たせたいと思います。

 

 

今回は、受講するにあたり、シンプルに学ぶ「今 ここ 私」と宣言してから始めました。「すすんで表現・話す・体験する」は、101共通の行動目標です。
今回、保健室コーチングを学ぶ前後の自分と向き合い気がついたこと。
1、傾聴・・・以前は相談者(生徒)の話すことをすべて受け取り、感情までも聞き取り、まるで相談者と同じような思いや感情にひたり、同一化してしまっていました。自分自身もマイナスと思われる感情に振り回され、同じ枠にはまり込んで相談者と一緒に周りが見えず迷走していました。おまけに心身共に疲弊してました。今は、相手と自分は違う人格、事実と解釈わける決めて対応し疲弊するまでの状況はないです。
2、アプローチを邪魔する支援者のとらわれ(追加資料を読んで)
最近の自分の中に思い違い・思い込み・信じ込み・気負い・焦り・・・「自分が設定した方向へ導かなければ」・・・あるあるでした。
私自身の「焦り」がそうさせているかも知れない。今日の質問コーナーを任せていますが、「何が1番の問題だと感じているのですか?」明日、シンプルに聞いてみます。気負わず、焦らず、この質問は、私自身への問いでもあるととらえて考えてみます。
3、「確認質問」
正直言って、なかなか出てきません。トレーニングですね。やってみます。
言葉の意味を明確にする「脳科学傾聴」
VAKについての視点でも・・・私はKが強いです。以前の感情にどっぷりつかるのも、 そう言うことかと納得しました。次は、Vの視覚をつかっていることが多く、夢や映像はカラーで再現したりしてます。得意かも。Aの聴覚は、聞き取りに苦手意識があります。文章読解理論的にも苦手意識ありです。思い込みになってる?楽しくセルフトークします。
「確認質問」ラポールを大切に保ちながら、どんな答えが返ってくるのか楽しむ余裕をもってみます。

 

第2講で知った体験領域に衝撃を受け、自分のアプローチが第3領域だけで関わっていたこと、それと同時にスキルばかりに意識が向いていることを再認識した私。第3講では、スキルではなく、しくみや構造、コミュニケーションの本質を知りたいと思っていました。でも…なんだか頭に入ってこない。ふむふむとは思うけど、どんどん進んでいくのに追われてしまいました。そのまま終わった第3講。その中で、ワークの確認質問で「どうせ、聞いても…」と思って質問すると、確認質問が尋問になっていったので、関わる時の自分の在り方が大切だということはすごく感じました。

そして、この振り返りを書きつつ、ハッとしました。私は…スキルばかりを欲しがる人=ダメな人=姫先生があまりよく思っていないタイプ=私 となり、自分を嫌うことに焦点が向かっていたということに!私の中のある、気に入られたい!できる人でなければいけない!という超他人軸が出まくっていたことに!腑に落ちる感覚がなかなかわからなかったのですが、これかぁ〜とニヤニヤしてしまいました。(笑)
何度も姫先生が話してくださる原理原則、構造、本質。どうして、そこが大切なのか。まだまだ頭で理解しようとする自分がいますが、この気づきを大切にして、私なりに進もうと思います!

 

 

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