HOME > 姫先生のおめめ

ことばには前提も意図も思いも乗る。質問も同じ。

このところ、世間を騒がせている 高畑裕太さんの事件。

 

今日は、お母さんが記者会見されましたね。

 

罪は罪として、彼はその罪を償っていくわけで、それは司法に任せるとして。

 

母親としての気丈な記者会見は、見ていて胸が痛くなりました。

 

記者の質問を聴いていて、怒りがこみあげました。

 

コーチングでは、質問の質は人生の質というくらい

 

どんな質問をするかが、思考の方向性を決め、答えの質を決め、それが感情に影響します。

 

取材のためにたくさんの記者が集まり、いろいろな質問をしていましたが、

 

中には、「その質問、何のためにしているの?裏にどんな意図があるの?」と、不愉快になるものもいくつかありました。

 

何を引き出そうとして、質問しているの?

自分が書きたいストーリーに必要なことだけを聴いている気がする。

取材って何だろうと思ってしまいます。

視聴者の興味を引くように書くための取材?

変な質問、する記者いたよね。あんたのその質問の意図はなんだよ?ってこっちが聞きたくなる。

 

ジャーナリズムってそういうことじゃないと思う。

 

ことばの裏にある様々な思い、本音、前提って、ちゃんと言葉に乗っている。

 

「あなたが間違っている。私は正しい。」

 

「あなたは、犯罪を起こす子どもを育てた悪い親」

 

そんな質問しているあんたが

 

きっと、どこかほかの場面で、いつか、誰かほかの人に言われることでしょう。

 

 

[最終更新日]2016/08/26

TO TOP
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。